出版日:2026年1月13日
紹介文
本書は、「なぜ世界の名画は動き、そして動かないのか」という素朴な疑問から出発する。新聞やニュースで「名画来日」と報じられるたび、私たちはその裏にある交渉や判断をほとんど知らないまま展覧会を楽しんでいる。しかし文化財の貸借は、単なる美術イベントではなく、国家と国家の信頼関係が可視化される極めて繊細な営みである。本書は、世界的名作がどのような条件で国境を越え、なぜある作品は決して動かないのかを、制度・慣行・人間関係という三つの視点から読み解く。
文化財の貸借は金銭だけで決まる世界ではない。どれほど高額な条件が提示されても、貸さないものは貸さない。その判断は、文化的象徴としての意味、過去の交流の履歴、事故や政治情勢への配慮など、数えきれない要素の積み重ねによって形成される。そこには「契約」よりも重い「信用」という基準が存在する。本書は、学芸員、クーリエ、修復家といった実務者の役割、地方都市でも世界級の展覧会が成立する理由、そして国家が引く「貸す/貸さない」の見えない境界線を、一般読者にも理解できる形で解説する。
さらに本書は、文化財貸借の判断が私たち個人の感覚と深く結びついていることを示す。家宝を他人に貸すかどうかという日常的な判断と、国家が至宝を国外に出すかどうかという決断は、驚くほど似た構造を持つ。国家の行動は特別なものではなく、人間の信頼関係が制度として拡張された姿にすぎない。本書を通じて、読者は文化財の移動をめぐるニュースの見え方が変わり、国家同士の関係をより身近な感覚で捉え直すことになるだろう。動く至宝と動かない至宝の対比から浮かび上がるのは、美術史ではなく、国家と人間の「信頼」の物語である。
前文
序章 なぜ「文化財の貸し借り」から国家が見えるのか
第1章 動く至宝とは何か
1.1 文化財は本来「動かない」ものだった
1.2 それでも動く至宝が存在する理由
1.3 貸借文化を前提に生まれた西洋美術の構造
第2章 動かない至宝とは何か
2.1 モナ・リザが二度と動かない理由
2.2 国家象徴になった瞬間、作品は固定される
2.3 建築・信仰・国家と不可分な文化財
第3章 フェルメールはなぜ動き、モナ・リザは動かないのか
3.1 「格」の問題ではない
3.2 所蔵館の性格が決める可動性
3.3 貸出可能な最高峰という位置づけ
第4章 1970年代という「例外の時代」
4.1 1974年モナ・リザ来日の意味
4.2 なぜ当時は可能で、今は不可能なのか
4.3 制度が未成熟だった時代の文化外交
第5章 日本はなぜ名画を借りられてきたのか
5.1 事故ゼロという無言の実績
5.2 条件を守り、言い訳をしない国
5.3 「信用」は宣伝ではなく履歴である
第6章 神戸市博物館という例外
6.1 都市規模では説明できない理由
6.2 ミイラ展示が示した国際的信用
6.3 学術責任者という見えない基盤
第7章 学術責任者とは誰なのか
7.1 有名研究者ではなく、常勤学芸員
7.2 責任の所在が明確な館だけが選ばれる
7.3 断られた展覧会の共通点
第8章 日本が「貸す側」として強い分野
8.1 日本刀・甲冑という唯一無二の文化
8.2 漆・蒔絵が世界で代替不能な理由
8.3 仏教彫刻が条件付きで動く理由
第9章 海外が本当に欲しがる日本文化財
9.1 「動かせる完成形」という条件
9.2 人気と実需は一致しない
9.3 文化を正しく解釈させる主導権
第10章 日本が絶対に貸さない文化財
10.1 三種の神器と国家祭祀
10.2 建築と一体化した至宝
10.3 動かした瞬間に意味が壊れるもの
第11章 日本が「ここまでなら貸す」境界線
11.1 信仰・建築・材質という赤線
11.2 国宝でも貸せるもの、貸せないもの
11.3 国民への説明が可能かどうか
第12章 貸すことで国益になる場合
12.1 文化が外交になる瞬間
12.2 信用は将来の「借り手力」になる
12.3 貸さないことが国益になる場合もある
第13章 海外から日本に来るもの、来なくなるもの
13.1 動く最高峰の現実的上限
13.2 今後も来ない国家象徴級
13.3 日本が選ばれなくなる条件
第14章 専門家だけが知っている非公開ルール
14.1 作品ごとの暗黙ランク
14.2 国と都市の心理的信用スコア
14.3 最後に効く「人と感情」
終章 文化財はなぜ国家の信用を映し出すのか
あとがき
付記 個人と国家のあいだ