欲望を支配する因子 ― 欠乏感度という概念


出版日:2025年9月19日


紹介文

人はなぜ欲望を持つのか。そして、なぜ同じ環境にいながら、ある人は激しく何かを求め、ある人は容易に満足してしまうのか。本書はこの根源的な問いに対し、「欠乏感度」という独自の概念を用いて新たな視座を提示する。

従来、欲望の違いは環境、能力、知識、あるいは価値観によって説明されてきた。しかし、それらは「何を求めるか」という方向を示すにすぎず、「どれほど強く求めるか」という強度の差を十分に説明することはできない。そこで本書は、欲望の強さを決定づける上位因子として「欠乏感度」を導入する。

欠乏感度とは、自分に足りないものをどれほど鋭く感じ取り、それにどれほど強く反応するかという性質である。欲望は方向と大きさを持つベクトルとして捉えられ、その方向は価値観によって定まり、大きさは欠乏感度によって決まる。欠乏感度が高い人は、不足をより強く意識し、持続的な行動へと駆り立てられる。いわゆる「ハングリー精神」は、その典型例である。

さらに本書では、欠乏感度は一様ではなく、欲望の方向ごとに異なる強さを持ちうることも示唆する。ある人は金銭には無関心でも、名誉や承認に対しては極めて敏感であるかもしれない。この方向依存性を組み込むことで、人間の多様な動機の差異がより精緻に説明される。

同時に、欲望には成長だけでなく抑制の力学も存在する。満足や適応、倫理や自制が働かなければ、欲望は無限に肥大化し、自己破壊へと向かう。本書は、加速と減速の均衡という観点から、欲望を単なる善悪の問題ではなく、動的な力として捉え直す。

本書は科学的実証を目的とするものではない。むしろ、人間の行動と人生の軌跡を理解するための哲学的補助線である。欠乏感度という視点は、成功と停滞、執着と諦観、努力と満足の違いを読み解く鍵となるだろう。

私たちは何を欠いていると感じるのか。そして、その欠乏はどれほど私たちを動かしているのか。本書は、その問いを通して、人間の欲望の奥に潜む見えざる因子を照らし出す試みである。


目次


前書き


序章 欲望をめぐる問い

  1. 欲望はなぜ人を動かすのか
  2. 欲望の強さの違いという問題
  3. 欲望を支配する因子を探る視点

第1章 欲望の基本構造

  1. 欲望の種類と階層性(生理的欲求から自己実現まで)
  2. 欲望を「方向」と「大きさ」で捉える試み
  3. 価値観と欲望の関係

第2章 欠乏感度という概念

  1. 欠乏感度の定義――「ないもの」に反応する力
  2. 欠乏感度と欲望の違い
  3. 欠乏感度が欲望を決定づける仕組み

第3章 欠乏感度を支配する定数

  1. 欠乏感度を決める「基底定数」の想定
  2. 環境や時間変化との相互作用
  3. 欠乏感度は独立か、変動するか

第4章 欲望の力学モデル

  1. 欲望=速度、欠乏感度=加速度という比喩
  2. 欲望ベクトル論の展開
  3. 欲望の成長と抑制のメカニズム

第5章 批判的考察

  1. 欠乏感度の測定可能性の問題
  2. 欠乏感度と欲望の区別の難しさ
  3. 普遍性の主張とその限界

終章 欲望を理解する新しい視座

  1. 欠乏感度モデルの意義
  2. 欲望論への応用の可能性
  3. 人間理解への新しい道筋

あとがき