出版日:2025年9月13日
紹介文
私たちは今、かつてないほど豊かな知識と便利な技術に囲まれて生きています。遠く離れた人と瞬時に会話でき、世界中の情報を手のひらの中で検索できる時代です。しかしその一方で、私たちは静かで深い不安も抱えるようになりました。「本当とは何か」「何を信じればよいのか」という問いが、日常のすぐ隣まで迫ってきているからです。
かつて、写真や映像は事実の証拠と考えられていました。新聞や専門家の言葉には重みがあり、多くの人が共通の現実を共有しているという感覚がありました。ところが今、技術は現実を写し取るだけでなく、現実そのものを作り出す力を持ち始めています。人工知能は存在しない人物の顔を生成し、音声を再現し、出来事を編集し、物語を現実のように見せることができます。私たちは「見たもの」「聞いたもの」でさえ、かつてほど簡単には信じられなくなりました。
しかし本当に揺らいでいるのは、情報そのものではなく、私たちの心なのかもしれません。人は昔から、見たいものを見て、信じたいものを信じてきました。科学技術は、その傾向を消したのではなく、むしろ拡大させました。情報が溢れるほど、人は自分に都合のよい物語を選び取りやすくなるからです。善人が悪人にされ、悪意が正義の言葉をまとい、社会は分断されていきます。真実は消えたのではなく、見えにくくなったのです。
それでも人は、信じることをやめて生きることはできません。未来を信じ、他者を信じ、自分の選択を信じて生きています。「信じる」という行為は、人間が人間であるために欠かせない営みです。だからこそ今、私たちは改めて問い直す必要があります。信じるとは何か。真実を追い求めるとはどういうことなのか。
この本は、答えを断定するためのものではありません。むしろ、問いを持ち続ける勇気について語る本です。嘘と真実が入り混じる世界の中で、すぐに結論に飛びつかず、立ち止まり、考え、誠実に選び取ろうとする姿勢こそが、これからの時代に必要な力なのだと思います。
確かなものが揺らぐ時代においても、真実を求めようとする意志まで失う必要はありません。信じるとは、疑うことをやめることではなく、問い続けることなのです。この本が、読者一人ひとりにとって「何を信じ、どう生きるのか」を見つめ直す小さなきっかけになれば、これ以上の喜びはありません。
目次
第1章 はじめに:嘘と真実のあいだで生きる私たち
1-1. 真実が揺らぐ時代に生きる
1-2. 科学技術の恩恵と、問いの深化
1-3. 善人が悪人にされる社会
1-4. 現実と虚構の境界が曖昧になる
1-5. 真実を「見抜くだけ」では足りない
1-6. 本書の問いと目的
第2章 真実とは何か:哲学と歴史から考える
2-1. 「真実」は時代と共に変わるのか?
2-2. 古代ギリシャにおける「真実」:アレーテイアの概念
2-3. 中世と真実:神による唯一の真実
2-4. 近代以降:科学が真実を語るようになった
2-5. 歴史における「作られた真実」
2-6. 主観と真実:人は見たいものを見る
2-7. 真実はひとつか、複数か?
2-8. 小さなまとめ
第3章 科学技術は真実を明らかにするか、隠すのか
3-1. 科学技術と真実:本来の役割とは何か
3-2. データは嘘をつかない、しかし人間は嘘をつく
3-3. ディープフェイクと画像生成AI
3-4. 仮想現実(VR)と拡張現実(AR)
3-5. 科学者と技術者の責任:なぜ倫理が必要か
3-6. 小さなまとめ:見ることと知ることは違う
第4章 メディアと嘘:ネット社会の情報構造
4-1. 情報が「広まる」ことと「正しい」ことは違う
4-2. 「アルゴリズム」が嘘を強化する
4-3. 「善人が悪人にされる」構造
4-4. 情報戦とプロパガンダ:現代のプーチン型支配
4-5. メディアリテラシーという武器
4-6. 小さなまとめ:信じる前に立ち止まる
第5章 信じるとは何か:心理と社会の視点から
5-1. 「信じる」は人間にとって不可欠な行為
5-2. 認知心理学から見た「信じる」:脳は何を信じたがるのか
5-3. 集団心理と信仰:人は一人では信じられない
5-4. 信じれば嘘でも真実になるのか?
5-5. 信じる力の光と影
5-6. 小さなまとめ:信じるとは、自分で選び取る姿勢
第6章 虚構と現実の交差点:仮想現実の倫理
6-1. 仮想現実の登場:もはや「架空」とは言えない世界
6-2. 「仮想体験」は現実の意味を変える
6-3. 仮想空間での倫理的責任
6-4. 自己の拡張か、喪失か:仮想人格の危うさ
6-5. 「すべてが可能な世界」は、行動の動機を奪う
6-6. 小さなまとめ:虚構と現実をつなぎ直す
第7章 歴史の中の「嘘の真実」
7-1. 歴史とは、真実か物語か
7-2. 勝者による歴史:支配のための真実
7-3. プロパガンダと国家神話
7-4. 歴史修正主義と記憶の戦争
7-5. 嘘から真実を掘り起こす努力
7-6. 小さなまとめ:真実の歴史とは、絶え間ない問いかけである
第8章 真実の追求と倫理
8-1. なぜ、真実を追い求める必要があるのか?
8-2. 「事実」と「正しさ」は違う
8-3. 「知っている」という傲慢、「知らない」という誠実
8-4. 日常の中の倫理:小さな真実を守る力
8-5. 正義ではなく、誠実さを
8-6. 小さなまとめ:真実を守るのは、あなたの心の中にある倫理
第9章 未来を生きる人類のために
9-1. 嘘と真実の狭間を生きる私たち
9-2. 科学と倫理の再統合:分断から統合へ
9-3. 教育の使命:信じる力を鍛える
9-4. 次世代に伝えるべき「真実の精神」
9-5. 結び:信じるとは、問うことである
おわりに