医師になるということ — 偏差値より適性を問う時代へ


出版日:2025年8月14日


紹介文

医師という職業は、日本社会において長く「最も優秀な人が目指す職業」として位置づけられてきました。難関大学の医学部に合格することは、学力の頂点に立つ証であり、安定した職業人生の象徴でもあります。しかし本書は、その常識にあえて疑問を投げかけるところから始まります。医師とは本当に「偏差値で選ばれるべき職業」なのでしょうか。本当に必要なのは、難解な数式を解く能力なのでしょうか。それとも、人の苦しみに向き合い続ける覚悟なのでしょうか。本書は、この根源的な問いに正面から向き合い、医師という仕事の現実と本質を描き出します。

医療の現場は、一般に想像されるような清潔で整然とした世界だけではありません。老い、病、失禁、認知症、怒り、絶望、そして死。医師は、人間の最も弱い瞬間に日常的に立ち会い続ける職業です。治せない病気、報われない努力、深夜の呼び出し、重い責任と孤独。華やかなイメージの背後にある現実は、決して軽いものではありません。本書は、その現実を理想化も誇張もせず、誠実に語ります。

そのうえで本書は、現在の医学部入試制度が抱える問題を指摘します。高度な数学や物理の学力で医師志望者を選抜する仕組みは、本当に医療現場に必要な資質を測れているのでしょうか。共感力、忍耐力、対話力、他者への関心といった人間的資質は、ほとんど評価されないままになっています。さらに、理系最上位の人材が医療分野に集中することで、AIや半導体など他の重要分野に人材が不足するという社会的影響にも目を向けます。医師選抜のあり方は、個人の問題であると同時に国家の未来に関わる問題でもあるのです。

本書は単なる問題提起にとどまりません。看護・介護現場の体験義務化、模擬診療による適性評価、臨床医と医学研究者の分離、日本医学校という新たな制度構想など、医師養成の新しい枠組みを具体的に提案します。医師を「特権」ではなく「公共的使命」として捉え直し、全国どこでも必要な医療が届く社会を目指す視点が示されます。

そして本書の最後に読者へ投げかけられるのは、極めて個人的で静かな問いです。「あなたはなぜ医師になりたいのか」。その答えは、偏差値でも肩書きでもなく、自分自身の内側にしかありません。医師という道に進む人にも、進まない人にも、本書は人生の選択を考えるための深い視点を与えてくれるでしょう。

医師とは何か。医療とは何か。人の命に向き合うとはどういうことか。本書は、医療の未来だけでなく、社会が「職業」と「適性」をどう考えるべきかを問い直す一冊です。


目次


まえがき


第1章 医師の仕事とは何か

–最前線の現場に立ち続ける責任
–指揮官ではなく一兵卒としての医師
–医師の判断が人の命と人生を左右する


第2章 現場の医療とはどういうものか

–清潔で整ったとは言えない医療の現場の現実
–病者とともに苦しむ覚悟
–限界を感じ、逃げ出したくなる瞬間


第3章 医師に向いている人、向いていない人

–博愛と共感を持つ人が向いている
–「他人の世話を苦と思わない」人間性
–ストレスと絶望に耐える覚悟があるか


第4章 学力偏重の選抜は本当に必要か

–医療現場に高度な数学や物理は必要か
–トップ理系人材の医師集中は科学技術の損失
–科学者と臨床家は別の適性を持つ


第5章 適性を見極める教育と経験

–医師志望者に看護・介護の現場体験を
–模擬診療・患者対応訓練の制度化
–それでも医師を目指したい人こそ本物


第6章 日本医学校という構想

–医師養成を国家が担うべき理由
–学力と経済格差からの解放
–全国に校舎を配置し、医師の公平な養成を行う


第7章 臨床医と医学者を分けて考える

–医師免許を持つ研究者の役割
–山中教授のような進路
–研究者は大学医学部、臨床医は日本医学校へ


第8章 医師の全国配置と偏在解消

–医師は命のインフラである
–配属・診療科は希望制ではなく使命感で
–警察や消防と同じ公共性のある職業として


第9章 これからの医師教育のあるべき姿

–人間理解としての医学教育
–死・老い・苦しみに向き合う訓練
–チーム医療と謙虚なプロフェッショナリズム


終章 医師を志すあなたへ

–あなたはなぜ医師になりたいのか
–向いていないと感じたなら、それは敗北ではない
–命を預かる重さに、どう向き合うか


あとがき