出版日:2025年10月3日
紹介文
本書は、「美とは何か」という素朴でありながら根源的な問いに正面から向き合う一冊である。私たちは日常の中で「美しい」という言葉を何気なく使っている。しかし、その意味を明確に説明しようとすると、途端に言葉は揺らぎ始める。美しい人、美しい景色、美しい花。それらは目に見える形を持つが、美しさそのものは目に見えない。いったい私たちは、何を見て「美しい」と感じているのだろうか。
本書はまず、この問いを視覚的な美に限定する。なぜなら、「心が美しい」「生き方が美しい」といった表現まで含めてしまうと、美の概念は無限に拡散してしまうからである。目で見て感じる美。その背後にある仕組みを、動物としての人間の本能という観点から丁寧に探っていく。若さ、健康、左右対称性、滑らかな曲線、力強い体躯 ― こうした要素はなぜ多くの人にとって魅力的に映るのか。それは単なる好みではなく、生命力や繁殖可能性を示すサインとして、私たちの奥深くに刻み込まれた感覚ではないのか。
しかし、本書は美を本能だけで説明しようとはしない。美にはもう一つの層がある。それは文化と歴史によって形づくられる後天的な美意識である。戦後の日本でふくよかさが豊かさの象徴とされた時代があり、現代ではスリムさが理想とされる。ある地域では日焼けした肌が健康と活力の象徴となり、別の地域では色白が清らかさの象徴となる。このように、美は時代と社会の条件によって姿を変える。
では、美は主観にすぎないのだろうか。それとも、誰にも共通する基盤があるのだろうか。本書は、美を「普遍」と「相対」という二重構造として捉える。本能に根ざした普遍的な感覚と、文化によって変化する価値観。その重なりの中で、私たちの美意識は形づくられている。
美を考えることは、人間を考えることである。私たちが何を求め、何を恐れ、どのように生き延びようとしてきたのか。その歴史と本能が、「美しい」という一言の背後に静かに息づいている。本書は、美をめぐる思索を通して、人間という存在の奥行きを照らし出そうとする試みである。
目次
はじめに 美とは何か
– 日本語における「美しい」と「きれい」
– 使い分けの曖昧さと重なり
– 「美しい」の広がり(姿・音楽・心・所作)
– 本書の限定:視覚的な美に焦点を当てる理由
第1章 美をめぐる人間の本能
1.1 美の源泉は種族保存か
1.2 動物に共通する美的感覚
1.3 「美」と「魅力」の根本的な違い
第2章 普遍的な美の条件
2.1 若さと繁殖可能性
2.2 健康と免疫力を示すサイン
2.3 左右対称性と比率
2.4 滑らかさと曲線が与える印象
2.5 二次性徴の強調
2.6 動きや仕草の滑らかさ
第3章 「美しい」と「魅力的」
3.1 二つの言葉のニュアンス
3.2 美=静的、魅力=動的
3.3 動物における例(孔雀・ライオン・鳥のダンス)
3.4 人間における違い
3.5 両者の重なりと違い
第4章 後天的に形成される美
4.1 後天的な美とは何か
4.2 環境による美意識の変化
4.3 文化と社会が生む価値観
4.4 美意識の複雑化(地域と歴史の二軸)
第5章 地域による美意識の違い
5.1 西洋における「日焼けした肌」の価値
5.2 日本における「色白」の価値
5.3 体型に関する価値観の地域差
5.4 髪や目の色の価値
5.5 地域文化が生む相対的な美
第6章 歴史による美意識の変遷
6.1 戦後日本における「ふくよかさ」の価値
6.2 高度成長期から現代への移行
6.3 現代におけるスリム志向とその影響
6.4 西洋における変遷との比較
6.5 美と「立派さ」「地位」との関係
第7章 普遍と相対の二重構造
7.1 普遍的な美の基盤
7.2 相対的に変化する美
7.3 美と魅力の重なり
7.4 「Beauty is in the eye of the beholder」の再解釈
終章 美を理解することの意味
8.1 美の二つの層を振り返る
8.2 普遍性と相対性の共存
8.3 美を理解することは人間を理解すること
8.4 美を求める心と生きる意味
あとがき
– 本書を執筆した動機
– 議論を視覚的美に限定した理由
– 普遍的な美と後天的な美を考える意義
– 読者への問いかけ